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佐賀地方裁判所 昭和63年(行ウ)4号 判決

原告

佐伯進

被告

唐津労働基準監督署長

主文

一  被告が原告に対し昭和五九年四月一一日付けでした労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による障害補償給付支給に関する処分の取消しを求める請求を棄却する。

二  原告のその余の請求に係る訴えを却下する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五九年四月一一日付けでした労災保険法による障害補償給付支給に関する処分を取り消す。

2  被告は、原告に支給すべき障害補償年金額を年額七四万三八二〇円と決定し、原告に対し障害特別支給金として二二三万一五三六円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、唐津港運輸株式会社の作業員として、昭和五四年五月一四日佐賀市本庄町所在の佐賀市農業組合本庄支所倉庫において、米の積み出し作業に従事していたところ、右作業の一環として鉄製ベルトコンベアーを運搬した際に転倒し、右ベルトコンベアーが原告の右膝上部に落下したため、負傷した(以下「本件事故」という。)。

2  原告は、いくつかの病院で右負傷の治療を受けた後、昭和五四年九月一〇日唐津赤十字病院で「右膝関節内側半月板損傷」と診断されて同年一〇月二四日半月板切除手術を受け、更に、昭和五五年一〇月二三日福岡赤十字病院で再度半月板切除手術を受けた。

3  右治療にかかわらず原告の右膝の痛みは軽減せず、かえって昭和五五年一二月ころには右膝から腰部にかけて痛みを感じる範囲が広がり、昭和五六年八月五日から同年九月一六日まで唐津赤十字病院で「第5腰椎分離症」の傷病名で治療を受け、更に、同五八年六月総合せき損センターにおいて「腰椎三、四の椎間板症、右全半身の知覚麻痺」との診断を受けた。

その後、昭和五九年一月には脊椎が痛みだし、唐津赤十字病院において脊椎症と診断され、同年四月ころから体全体に針で刺されるような強い痛みを感じるようになり、同年五月自律神経失調症に、同六〇年四月にはメニエル病となり、終身労務に服することのできない状態になった。

4  原告は、被告に対し、昭和五八年九月二六日付けで障害補償給付支給請求をし、被告は、同五九年四月一一日付けで原告の右膝関節に残存する頑固な神経症状が労災保険法施行規則別表第一所定の障害等級(以下「障害等級」という。)第一二級第一二号に該当する旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

5  しかしながら、3記載の諸症状は本件事故に起因するものであり、これら諸症状は障害等級第三級に該当するので、本件処分は事実誤認に基づく違法な処分であるから、原告は、本件処分の取消しを求めるとともに、被告に対し、原告に支給すべき障害補償年金額を障害等級第三級に相当する金額である年額七四万三八二〇円と決定し、障害特別支給金として同等級相応額である三〇〇万円から支給済の七六万八四六四円を控除した額である二二三万一五三六円を支払うことを求める。

二  被告の本案前の主張

請求の趣旨2項は、無名抗告訴訟である義務付け訴訟による救済を求めるものであるが、原告は、同一労働災害につき、請求の趣旨1項において、本件処分の取消しを求めており、仮に本件処分取消判決があれば、その拘束力によって、被告は、取消判決の趣旨に従い、改めて労災保険法による障害補償給付支給に関する処分をする義務を負うから、本件において義務付け訴訟による救済の必要性はない。

三  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1、2及び5記載の各事実は認める。

2  請求原因3記載の事実のうち、昭和五六年八月五日から同年九月一六日まで右唐津赤十字病院で「第五腰椎分離症」の傷病名で治療を受けたこと及び同五八年六月総合せき損センターにおいて診断を受けたことは認め、その余は知らない。

総合せき損センターにおいて診断された病名は「腰椎椎間板障害、腰椎(L3/4)」である。

3  請求原因5のうち、請求原因3記載の諸症状が本件事故に起因すること及び右諸症状が障害等級第三級に該当することは否認する。

本件事故に起因する原告の障害は右膝関節に残存する頑固な神経症状であり、右は障害等級第一二級一二号に該当するから、本件処分は適法である。

第三証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  請求原因1、2及び4の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3記載の事実のうち、昭和五六年八月五日から同年九月一六日まで唐津赤十字病院で「第五腰椎分離症」の傷病名で治療を受けたこと及び同五八年六月総合せき損センターにおいて診断を受けたことは当事者間に争いがない。そして、(証拠略)によれば、原告は昭和五八年六月一五日総合せき損センターにおいて「腰痛及び右下肢痛、歩行障害(跛行あり)、右半身全体の知覚麻痺、右前脛骨筋、足趾伸筋・足趾屈筋の筋力低下(軽度)、反射正常、筋萎縮なし」と診断されたが、硬膜外造影検査、脊髄造影検査の結果はいずれも異常は認められず、同センターにおいて診断された原告の傷病名は「腰椎椎間板障害」であり、傷病部位は腰椎(L3/4)であったこと及び唐津赤十字病院医師作成の佐賀労働者災害補償保険審査官宛昭和五九年九月六日付け症状所見書には参考事項として「現在全身痛等の心療内科的訴えが多い。」旨の記載があることが認められ、右各事実によれば、請求原因3記載の原告の全身的症状は腰椎等に生じた前記障害に伴う心因的な症状であると認めるのが相当であるところ、(証拠略)並びに原告本人尋問の結果によれば、本件事故による負傷部位は右膝部分に限定されており、本件事故後二、三日休養して従前の仕事に復帰していること、原告が右膝から腰部にかけて痛みを感じるようになったのは本件事故から一年半以上経過した昭和五五年一二月ころからであること及び原告は本件事故前である昭和五一年一〇月ころ変形性腰痛症の傷病名で一か月程度休業し通院加療を受けていることが認められ、右各事実に照らすと、前記各診断の事実のみをもって原告の腰椎等に生じた前記障害が本件事故に起因することを推認できず、その他本件全証拠を検討しても、これを認めることができない。

従って、請求原因3記載の諸症状が本件事故に起因するものと認定することはできない。

三  そうすると、本件事故に起因する原告の障害は右膝関節に残存する頑固な神経症状であるとなされた本件処分に事実誤認の違法はないというべきであるから、事実誤認を理由として本件処分の取消しを求める請求は理由がない。

四  請求の趣旨2項について

請求の趣旨2項は、被告に対し原告の障害が障害等級第三級に該当することを前提として、労災保険法による障害補償給付支給に関する処分をすべきことを求めるものであって、いわゆる義務付け訴訟に該当するものであるが、このような義務付け訴訟は法律上行政庁が当該処分をなすべきこと及びその内容が裁量の余地なく一義的に定められている場合であって、かつ当該行政処分がなされずにいる状態が原告の法益を著しく侵害しているときに例外的に許容されるものと解するのが相当であるというべきところ、本件において原告の障害がいずれの障害等級に該当するかの判断に裁量の余地がないとはいえず、また、本件訴訟において、原告は同一労働災害につきなされた本件処分の取消しを求めており(請求の趣旨1項)、仮に右処分取消判決があれば、その拘束力によって、被告は、取消判決の趣旨に従い、改めて労災保険法による障害補償給付支給に関する処分をする義務を負う(行政事件訴訟法三三条一項、二項)のであるから、本件において義務付け訴訟による救済を求めることは許されないというべきであり、請求の趣旨2項の訴えは不適法である。

五  よって、本件処分の取消しを求める請求を棄却し、その余の請求に係る訴えを却下することとし、訴訟費用について行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 池田和人 裁判官 山之内紀行)

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